三浦理志×EDOX スペシャルインタビュー

第三回目のテーマは
“ものづくり”!!

料理は一生の趣味

- マーシーさんのものづくりといえば、やっぱり料理。その魅力は?

実は僕、ものづくり自体、そんなに得意ではないんですよ。 
僕らの小学生時代は、ガンプラ(=ガンダムのプラモデル)が流行っていて、みんな作っていました。よし僕も、って、色を塗り、接着剤を使って組み立てましたが、仕上がりはぐちゃぐちゃ(笑)。説明書を読むのも嫌だったんで、見よう見まねでしたが、ダメでしたね。だからうまいヤツに作るのは任せて。僕は出来上がったプラモデルで遊ぶ専門(笑)。 
そんな僕ですが、料理だけは今でも続いている趣味。 
始めたのは、小学校3年生のときですね。三浦家は、食にこだわりがありました。添加物などに気をつけていて、あまりジャンクな食事はしていなかったんです。そんな母の影響で、「自分で作ること」はOKだったんですよ。火を使っても、包丁を使っても怒られなかった。母親の料理もよく手伝ってましたね。餃子を包んだり、野菜を切ったり。 
最初のレパートリーは「三浦チャーハン」。友達が家に遊びに来ると振舞ってました。ごま油でご飯を炒めて、ウスターソースをかけるだけ(笑)。好評でしたよ。 
昔から食欲は旺盛だったんで、作って食べる、というのが何よりも楽しかったんですよね。結局、食べる目的があるから、「作る」が全然苦にならない。 
その後、ニュージーランドで叔父が経営する飲食店を料理人として手伝うことになるんですが、これは、料理人になりたい、というよりも、モデルとは少し違う世界を見てみたい、という感じ。26歳のころでしたが、今後を少し悩んでいたときに、叔父が料理人を探していたので、「やります」って。料理が好きだったのでちょうどいい機会でした。ニュージーランドは波もいい、という下心も当然ありましたしね(笑)。 
それまで料理の心得はなく、学校に通ったわけでもない独自流でしたので、そこでプロの料理人としていろいろと勉強できたのはよかったですね。今、料理について、雑誌で連載をやらせてもらえたりできているのは、やはり基礎が学べたからだと思っています。 
自分が「おいしく食べる」ために「作る」を始めて、それがみんなで「共有できる」。この喜びは、料理ならでは。これからも続けて行きたいですね。

収穫がいちばんのよろこび

- 農園の野菜づくりを始めたきっかけは?

サーファーの先輩が、家業の農場を継ぐ人を探していたんです。誰かが作物を作らないと畑自体がダメになると聞いて、「じゃあ、僕が」とトライしてみました。 
簡単に考えていたところもありましたが、やはり植物といっても生きものですから、扱うのは大変です。植える時期を間違えたり、こまめに世話をしないとダメだったり、失敗の連続でした。 
多い時は週3日は行きます。忙しくて行けないこともあるんですが、できるかぎり世話するようにしていますね。大変ではありますが、それでも収穫の喜びは何にも代えられないですね。 
収穫して、料理して、最後は食べる。結局、食べる目的なんですが(笑)。 
やはり、そこで感じる自然のダイナミズムには感動します。ちょっとしたミスが、仕上がりを左右しますから。 
プロの農家の人は、改めて尊敬してしまいます。農業の道は、なかなか奥深いです。極めるためにも、全然やめられないですね。

結局、ワガママなのかも

- ブランドのプロデュース業の魅力は?

きっかけは、僕がSNSに、冗談で「サーフ&ノーフ(マーシーさんが手がけるブランド名)」のネタを発信していたら、ぜひ実際にブランドにしませんかって。それまでは、服づくりの興味なんてまったくなかったので、話をいただいたときは、僕が?っていう感じだったし、周囲も、マーシーが?って(笑)。でも、今はとってもやりがいを感じています。 
これが、やってみると面白い。サンプルが思い通りに仕上がってきたときに、これまで味わったことのないうれしさがこみ上げましたね。また、それが好評だったりすると、さらにうれしい。また、みんなに喜んでもらいたい、という気持ちがモチベーションになっています。求められている間は、全力で取り組みますよ。 
ここでも時間は肝心。モデルという仕事柄、洋服のシーズンって前倒しなのは肌身で感じていましたが、服を作るとなると、さらにその前倒しで動くことにも驚きました。 
実際、トレンドを見据えるうえで外しちゃいけないタイミングというのがありますし、ちょっと先を読んでいかなきゃいけない部分もあって、服づくりは大変なんだと今さらながら感じますね。ま、そういう頭を使う部分は、コラボしているプロの人に任せてますが(笑)。 
今でも続いているものづくりは、料理、菜園、服のプロデュース。挙げてみると、好きなものしかやってませんね。嫌いなものからは逃げてきましたので(笑)。 
まぁ、ワガママな部分も含めて自分ですし、そのうえで今の自分がある。これはある意味必然なのかな。これからも“マーシー流”で行きます。みなさん、お付き合いください(笑)。

三浦理志 MASASHI MIURA

1970年7月1日生まれ。神奈川県出身。18歳の時にモデルデビュー。
以後、数々の雑誌・広告・CM・ショー等で活躍。 15歳でサーフィンと出会い今では生活の一部となっている。
26歳の時、ニュージーランドへ2年間行き叔父の経営するレストランで学んだ料理はプロ級の腕前。
現在モデルクラブINDIGOに所属しモデル業を再開。

オフィシャルインスタグラム @mar4m

第三回目のテーマは“ものづくり”!!

料理は一生の趣味

- マーシーさんのものづくりといえば、やっぱり料理。その魅力は?

実は僕、ものづくり自体、そんなに得意ではないんですよ。
僕らの小学生時代は、ガンプラ(=ガンダムのプラモデル)が流行っていて、みんな作っていました。よし僕も、って、色を塗り、接着剤を使って組み立てましたが、仕上がりはぐちゃぐちゃ(笑)。説明書を読むのも嫌だったんで、見よう見まねでしたが、ダメでしたね。だからうまいヤツに作るのは任せて。僕は出来上がったプラモデルで遊ぶ専門(笑)。
そんな僕ですが、料理だけは今でも続いている趣味。
始めたのは、小学校3年生のときですね。三浦家は、食にこだわりがありました。添加物などに気をつけていて、あまりジャンクな食事はしていなかったんです。そんな母の影響で、「自分で作ること」はOKだったんですよ。火を使っても、包丁を使っても怒られなかった。母親の料理もよく手伝ってましたね。餃子を包んだり、野菜を切ったり。
最初のレパートリーは「三浦チャーハン」。友達が家に遊びに来ると振舞ってました。ごま油でご飯を炒めて、ウスターソースをかけるだけ(笑)。好評でしたよ。
昔から食欲は旺盛だったんで、作って食べる、というのが何よりも楽しかったんですよね。結局、食べる目的があるから、「作る」が全然苦にならない。
その後、ニュージーランドで叔父が経営する飲食店を料理人として手伝うことになるんですが、これは、料理人になりたい、というよりも、モデルとは少し違う世界を見てみたい、という感じ。26歳のころでしたが、今後を少し悩んでいたときに、叔父が料理人を探していたので、「やります」って。料理が好きだったのでちょうどいい機会でした。ニュージーランドは波もいい、という下心も当然ありましたしね(笑)。
それまで料理の心得はなく、学校に通ったわけでもない独自流でしたので、そこでプロの料理人としていろいろと勉強できたのはよかったですね。今、料理について、雑誌で連載をやらせてもらえたりできているのは、やはり基礎が学べたからだと思っています。
自分が「おいしく食べる」ために「作る」を始めて、それがみんなで「共有できる」。この喜びは、料理ならでは。これからも続けて行きたいですね。

収穫がいちばんのよろこび

- 農園の野菜づくりを始めたきっかけは?

サーファーの先輩が、家業の農場を継ぐ人を探していたんです。誰かが作物を作らないと畑自体がダメになると聞いて、「じゃあ、僕が」とトライしてみました。
簡単に考えていたところもありましたが、やはり植物といっても生きものですから、扱うのは大変です。植える時期を間違えたり、こまめに世話をしないとダメだったり、失敗の連続でした。
多い時は週3日は行きます。忙しくて行けないこともあるんですが、できるかぎり世話するようにしていますね。大変ではありますが、それでも収穫の喜びは何にも代えられないですね。
収穫して、料理して、最後は食べる。結局、食べる目的なんですが(笑)。
やはり、そこで感じる自然のダイナミズムには感動します。ちょっとしたミスが、仕上がりを左右しますから。
プロの農家の人は、改めて尊敬してしまいます。農業の道は、なかなか奥深いです。極めるためにも、全然やめられないですね。

CHRONOFFSHORE-1
PROFESSIONAL

結局、ワガママなのかも

- ブランドのプロデュース業の魅力は?

きっかけは、僕がSNSに、冗談で「サーフ&ノーフ(マーシーさんが手がけるブランド名)」のネタを発信していたら、ぜひ実際にブランドにしませんかって。それまでは、服づくりの興味なんてまったくなかったので、話をいただいたときは、僕が?っていう感じだったし、周囲も、マーシーが?って(笑)。でも、今はとってもやりがいを感じています。
これが、やってみると面白い。サンプルが思い通りに仕上がってきたときに、これまで味わったことのないうれしさがこみ上げましたね。また、それが好評だったりすると、さらにうれしい。また、みんなに喜んでもらいたい、という気持ちがモチベーションになっています。求められている間は、全力で取り組みますよ。
ここでも時間は肝心。モデルという仕事柄、洋服のシーズンって前倒しなのは肌身で感じていましたが、服を作るとなると、さらにその前倒しで動くことにも驚きました。
実際、トレンドを見据えるうえで外しちゃいけないタイミングというのがありますし、ちょっと先を読んでいかなきゃいけない部分もあって、服づくりは大変なんだと今さらながら感じますね。ま、そういう頭を使う部分は、コラボしているプロの人に任せてますが(笑)。
今でも続いているものづくりは、料理、菜園、服のプロデュース。挙げてみると、好きなものしかやってませんね。嫌いなものからは逃げてきましたので(笑)。
まぁ、ワガママな部分も含めて自分ですし、そのうえで今の自分がある。これはある意味必然なのかな。これからも“マーシー流”で行きます。みなさん、お付き合いください(笑)。

三浦理志 MASASHI MIURA

1970年7月1日生まれ。神奈川県出身。18歳の時にモデルデビュー。
以後、数々の雑誌・広告・CM・ショー等で活躍。15歳でサーフィンと出会い今では生活の一部となっている。
26歳の時、ニュージーランドへ2年間行き叔父の経営するレストランで学んだ料理はプロ級の腕前。
現在モデルクラブINDIGOに所属しモデル業を再開。

オフィシャルインスタグラム @mar4m